循環器病学はHemodynamics からGenomicsへ

40年間、一循環器内科医師として活動して循環器病学の過去、現在、未来を俯瞰して、どのように考えているのか?と問われたなら、私は即座に、Hemodynamics からGenomicsへの移行だと思いますと返答します。Genomicsとはゲノムと遺伝子について研究する生命科学の一分野ですが、私の学生時代の知識は、メンデルの法則の程度しか知識はありませんでした。Grüntzig 先生が 1977 年、バルーンによる冠動脈形成術に成功し、Rentrop先生が1979年急性心筋梗塞患者にstreptokinaseの冠動脈内に注入して再疎通に成功させられました。私は1981年の卒業ですが、すでに狭心症、急性心筋梗塞のカテーテル治療は確立されていました。話はもとに戻りますが、ゲノムとは「DNAの文字列に表された遺伝情報すべて」のことです。ヒトゲノムのDNAの文字列(塩基)は32億文字列(塩基対)にもなります。この32億文字列のうち、タンパク質の設計図の部分を「遺伝子」とよんでいるのはよく知られていることで、ヒトゲノムには約23,000個の遺伝子が含まれているだけです。以外に少ない数です。それで、ヒトゲノム計画は1990年に米国のエネルギー省と厚生省によって30億ドルの予算が組まれて発足し、ゲノムの下書き版を2000年に完成し、2003年4月14日には完成版が公開されました。Hemodynamicsですが、1970年にスワンガンツ・カテーテルをProf. Swan、Prof. Ganzが考案されました。私は、そのカテーテルを病棟で、よく使いました。1985年に私はお二人がいるCedars-Sinai Medical Centerに行き、会いに行きました。1991年からの留学ではミネソタ大学で、Jay N. Cohn, M.D.のもとで、血管拡張療法について学びました。1991年帰国してから、一年後輩の先生が薬理にいたので薬理にいき、その時、6年下の山中伸弥先生に出会いました。当時、山中伸也先生は薬理学の大学院生でplatelet activating factorのhemodynamicsに関して、犬を用いて研究していました。私は摘出還流心にて、hemodynamicsの研究をしていました。ただ、その後ラット心筋梗塞モデルを作成してmRNAを測定するようになりました。山中伸也先生は、今述べた仕事でcirculation researchに採択されて、留学は分子生物学の勉強でUCSFに留学して、数年後薬理学のスタッフで帰国されてからは、iPSのもとになるような仕事をされていました。私は、心筋梗塞後心臓リモデリングの解明を、細胞内情報伝達系に関して分子生物学的な方法で研究を進めました。心血管病(心筋梗塞や脳卒中)の原因として何をみなさんは連想されますか? 高血圧症,高脂血症など,悪い生活習慣との結びつきが思い浮かびます.これまでの多くの臨床研究の結果から,高血圧症,高脂血症,糖尿病,喫煙などが心血管病の原因となることがわかりました.しかし,十分に生活習慣を改善し,薬の治療を行っても心血管病を完全に予防することはできません.では,私たちがまだ気づいていない原因はなんでしょうか?毎年,心血管病と同じくらいの人数ががんで亡くなります.がんの原因としては細胞の遺伝子変異が重要であることが知られています.同じように細胞の遺伝子変異が心血管病を悪化させる可能性はあるでしょうか? 実は,最新の臨床研究の結果から,血液細胞の遺伝子変異が心血管病と関係があることがわかり,注目を集めています.骨髄幹細胞で遺伝子変異をひとつ有するクローンが増えると心筋梗塞,脳梗塞が多くなります。大阪公立大学の佐野宗一先生は、以下の発表をしました。ヒトの体を構成する細胞はどれも同じ遺伝情報を持っているので、男性であれば全ての細胞が XY、女性であれば XXです。ところが、男性は歳をとると、細胞から Y 染色体が失われてしまいます。これは主に血液細胞で見られ、血液細胞の後天的 Y 染色体喪失(mLOY)と呼ばれています。なお、血液細胞で Y 染色体が失われても、男性が女性になるわけではありません。血液細胞の mLOY は加齢やタバコによって増加することが知られています。また、mLOY はヒトにおける最も頻度の高い体細胞変異であり、測定方法によって違いはありますが、70 歳の 40%、93 歳の 57%に見られます。最近の研究で、mLOY のある男性は、mLOY のない男性に比べて短命であることが分かりました。また、mLOY があると、アルツハイマー病や固形がん(前立腺がんや大腸がん)心血管病(心筋梗塞、脳卒中)になりやすくなります。mLOY とさまざまな加齢性疾患との間に統計学的な関係があることが判明した。一方で、mLOY が疾患とは直接関わりのない単なる老化現象の一つ(老化マーカー)に過ぎないのか、それとも mLOY と疾患との間に因果性があるのかは明らかになっていませんでした。そこで本研究グループは、mLOY と疾患の因果性およびそのメカニズムを検証することにしました。佐野先生のグループは、UK バイオバンク参加者のデータを解析し、mLOY と心不全の統計学的な関係性について調べました。その結果、mLOY の割合が 1%増加すると、心血管病による死亡率は 1.0054倍になることが分かりました。しかし、この解析では mLOY が心血管病の直接的な原因であるかどうかは判定することができないため、mLOY と心血管病の因果性を検証すべく、動物実験を行いました。まず、CRISPR/Cas9 システムという遺伝子編集法を応用して、血液細胞だけが Y 染色体を失ったマウス(mLOY マウス)と正常なマウスを用意して両方を心不全状態にしました。その結果、mLOY マウスはコントロールマウスに比べて、心不全の経過が悪いことが分かり、mLOY と心不全の因果性が証明されました。いよいよ、循環器病学はHemodynamics からGenomicsへ本格的に移行していきそうです。楽しみです。

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